カテゴリ:おもうこと( 16 )

きょおはママのたんじょおびぃ

d0146314_2113935.jpg
はい、今日9月21日はわたしの誕生日です。あぁ、ついに35才、、、
30才を越えたあたりから、自分で年を忘れがち、、、あはは。
でもやっと大人になったような実感が最近になってやっとでてきました。
いつまでも気持ちは14才くらい、、、でしたが(笑)
イッチと共に成長中ですね。35才になったらやりたいことがあったけど、
38才を目指して頑張ろうと思います。

話は戻って、、、誕生日。毎年のようにいたるさんには忘れられる始末、、、
今年は9月の初めにお姉ちゃんのプレゼントが届いたりして、
なんとなくそのときに日にちを話していたから、覚えているかなーなんて思ったり。

毎年自分でケーキを買って来て、盛り上げていたんだけど、
今年はなんとなく何も言わないで過ごしてみる。

朝、普通に過ごす。
昼、台風でダイビングが中止になり、二人でご飯食べる。
夕方、うちの母から荷物が届く。わたしの欲しかったパーカー2着。やった!!

そして、めずらしくパパがイッチのお迎えに行ってくれた。
これはもしかしたらケーキを内緒で買って来てくれる??なんて淡い期待もむなしく、
夕食のときに近所の友人が「今日誕生日だよね!おめでとー!!」とプレゼントをくれたとき、
やっと「あ!知ってたよ!!おめでとう!!あ、ケーキね、あるよ、あるよ」。

、、、、、やっぱりか。覚えてませんでした、、、はぁー。悲しい、、、
ケーキは先週屋久島へ来てくれた大瀬のダイバー仲間の友枝さんが
来週誕生日だよね!と持って来てくれたものです。友枝さん、ありがとう。
やっぱりケーキなかったよ。おいしく頂きますね。

そうそう、でもパパの代わりにイッチが、
「トン、トン、トン、トン、たんじょうびぃ、きょおはママのたんじょおびぃ、ぽーん!」
と歌ってくれたので、ちょっと泣きそうにうれしかった。

そして近所の友人ちえさんからは手作りの鳥さん、、、もふっとしててわたし好み!
そして大好きな友季さんからはお手紙とプレゼントが!!
そして親友やお姉ちゃんからは毎年届くメールが。とくちゃんからもメール!
そして屋久島で知り合った素敵なお友達めいちゃんからもメールが!!
大瀬のダイバー仲間からもケーキもらったり、メッセがきたり。
パパですら忘れているのに。ほんとありがとう!!
そして21日になってすぐにお祝いメールをくれたF氏。いつもありがとね!!

パパには忘れられてましたが、今年はなぜかたくさんの人に祝ってもらって、
心がすごくあったかくなりました。
ちょうど気分がめいっていたときだったので、そうゆうのが伝わったのかな、、、

パパ、来年こそは覚えていてよね!!ほんとにもう!!

【追記】
パパはというと誕生日の次の日にそそくさとお花とケーキを買って来てくれました。
お花を買うのははじめてみたいでとっても恥ずかしかったとのこと。
1本のひまわりと3本のピンクのバラ。変わった組み合わせ(笑)
そして夜はパパ自慢のトマトカルボナーラとサンマの香草焼きを作ってくれた。
とってもおいしかったけど、誕生日は昨日だけどね!!っていじめてやりました。
去年はその辺の草花をちぎってもってきてくれたような。
でもありがとう。ちゃんと言ってないけど、すごくうれしかったよ。
[PR]
by niid-design | 2011-09-21 21:51 | おもうこと

光になった日

d0146314_2371983.jpg
9月5日は大切な人が光になった日。

去年は少しだけブログに書いて、次の日には消してしまった。
なんとなく15年が過ぎて、気持ちの整理に書いてみたんだけど、
やっぱりこの15年の気持ちをうまく書けなくて消してしまった。

いまもやっぱりうまく言えない。本当のことを言えば後悔ばかり。
その後悔や悲しみから逃れたいとさえ思ったときもあったけど、
でも今は彼と過ごしたほんの少しの幸せな日々が自分を作る糧となり、
彼と出逢えたことがわたしの人生の喜びでもあり、人生そのものを変えたと思う。

ただあまりのショックに当時の記憶で曖昧な部分もたくさんあったり、
未だに夏になると彼の事故の知らせの電話がかかってくる夢を何度も見て、
寝ることさえ怖くなってしまうこともあった。

ちょっとした悲しいことでもすぐにこの大きな悲しみにリンクしてしまい、
息ができなくなるほど嗚咽してしまうこともよくある。
いたるさんとのささいなケンカのときでさえ、そんな風になってしまったり。
震災のときにも深く落ち込んでしまった。知らない人のニュースでさえ、
救急車の音ですら急に目の前が真っ暗になることも。

そんなわたしでもゆっくり寄り添ってくれるパパにはとても感謝している。

わたしは自分の弱さから彼の事故のことを誰にも詳しく聞けないでいた。
彼のお姉さんのブログを読んで、今日はじめて知ったことがいくつもあった。

彼はひき逃げ事故で亡くなったのだけど、犯人はしばらく見つからず、
衣服に付着した車の塗料から車種がわかり、
新聞に載った後に自首してきたこと、犯人が30才の女性であること。
それは知っていたのだけど、飲酒運転であることは知らなかった。
そして通報したのが、その運転手の母であることも。

当時捕まらない犯人がもしかしたら事故現場を通るかもしれないと、
友人と一緒に事故のあった時間に事故現場に一週間座りこんでいた。
もし逃げずにすぐに通報してくれたら、彼は助かったんじゃないのか?
あの夜に彼だけ友人たちと遊びに行かせずに、自分も一緒に行っていたら、
自分が家に帰っていなけば、、、
もしこうだったら、もう少しこうすれば、そんな自問自答の繰り返しだった。
とにかく悔しくて憎くて、なんで??どうして?ばかり。

でも何年も月日がたち、自分が30才になったときにふと思った。
もし自分がふとしたきっかけで事故を起こしたら?もし家族が事故を起こしてしまったら?
事故というのは被害者家族だけじゃない、
加害者家族だって壮絶な悲しみを背負ってしまうことになる。
自分が母になって、いろいろなことを思った。
いつかわたしにはわたしを支えてくれる別の人ができるけど、子供の代わりはいないのよ。
と彼のお母さんが言ったことがいつまでもココロの中にあった。
自分も母になり、その悲しみの大きさが、
またわたしとは別のさらに大きな悲しみであることを知った。

飲酒運転は絶対にだめだ。本当に本当にそう思う。
大丈夫なんて絶対ありえない。眠いのなら、どこかで寝てから運転すればいい。
今もまだなくならない飲酒運転。たった数メートルでも絶対にしないでほしいと思う。
屋久島でも少しの距離だからと飲酒運転したという話を聞いて悲しくなったり。
そうなってからでは遅いのだから、絶対にやめてほしい。

パパにもいつも注意していること。飲酒もちろんないけど、パパの車は大きな車だし、
ダイビングの後は疲れているので絶対注意してと言っている。
彼にも運転注意しろよ!とよく言われる。そうやって何度も確認して、
しつこいくらい言い合っても言い足りないくらい注意することの大切さ。
自分が事故するだけならいいけど、人を巻き込んでしまうことの恐ろしさ。
わかっているから、ちゃんと皆に伝えたいと思った。

この16年間、自分で自分を不幸にするようなことばかりしてきた。
幸せになってもいいのか不安に感じることもあったし、
わけのわからないことをして友人が離れていきそうになってしまったことも。

でも友人たちはそんなわたしでもちゃんと見ててくれている。
18のとき、わたしを助けてくれた友人たち。みんなみんな大好き。
その中のひとりが今、病気で倒れてしまった。
快方にむかっていたのに、またさらに倒れてしまったのだ。
友人たちもわたしもいっぱい泣いて、そして普通の生活を頑張ろう!とメールがきた。
彼女のそばにいけないわたしに、みんなから報告メールや電話がくる。
彼女の様子がわかって、すこしだけココロが安心する。
動けないカラダでちゃんとみんなの話を聞いて笑う彼女。
わたしの尊敬する友人。彼女のように強くなりたい。

今はね、わたし、幸せだ!とちゃんとみんなに自信をもって言える。
友人、家族、そして彼の家族にもちゃんと幸せだと伝えたい。

泣きながらこの日記を書いていたら、わたしのそばにイッチが来て、
「ママ、泣かないで、イッチ、ママが大好きだから」と言った。
こんな幸せってないよね。でもそんな幸せが奪われてしまうことがあることを知っている。
だから、気をつけることは気をつけて、そして自分も後悔しない生き方をしたい。
毎年9月にはいつも思う、強くしなやかに生きて行きたい。

なんて言いつつも、いつも後悔ばかりで、格好悪くて、泣き叫んで、失敗もして。
だからそんな自分でもいつも見守っていてね、イクマ!!
パパ、イッチ、トモ、フータ、フニャ、フミ、ミワ、みんな大好き。ありがとう。
[PR]
by niid-design | 2011-09-13 00:53 | おもうこと

想いを屋久杉に込めて

d0146314_22582627.jpg
磨かれることを待つ屋久杉たち。
たくさんの中から何かを探すようにひとつの屋久杉を選んだ。


夜突然電話があり、友人がまた病で倒れたことを知った。
彼女は大学のときにも一度倒れており、そのときは奇跡的に後遺症もなく、
その後の彼女ときたら、より清々しく、よりバイタリティにあふれ、
病気がうそのように元気に過ごしていた。

でも病気は治ったわけではなく、いつおきるかもわからない状況の中で、
彼女はとてもたくましく、強く生きていて、
朗らかで明るい彼女を心のどこかでいつもすごいなと思っていた。

飛行機はだめと言われながらも、
後悔したくないと旅だっていき、チリの高山にも登ったし、
出産は危険と言われても2人の男の子を産んで育てている。

だから、なんとなくもう大丈夫なんじゃないかなんて思ってしまったりしていた。
電話をうけて、いてもたってもいられなくって、不安になり、
泣いたり、どうしようもないこと考えたりしたけど、
やっぱり同じように彼女を想っている友人たちと電話で話して少し落ち着いた。

みんな彼女のことが大好きなんだ。

わたしは遠く屋久島から会いにいくことができない。なにができる?
手紙を書いたら?そしたらかわりに読んであげるよと友人が言ってくれた。
よし、手紙を書こう。でもそれだけじゃなくて、なにか、なにか想いを込めて伝えたい。

そう思って、屋久杉を磨いてお守りにしようと思いたった。

d0146314_2334632.jpg
たくさんの屋久杉の中から、彼女のことを想って選んだ屋久杉。

選べなくって3つで悩んだけど、やっぱり1番はじめに直感的にこれと思ったものを選んだ。

あとはひたすらに磨いて行く。ゆっくりと彼女を想って、ひたすらに。
はじめはゴツゴツと面がたくさんあるのを、少しずつ削っていく。

d0146314_2375433.jpg
そうして3時間半ほどかけて磨き終わった。
なぜこれを選んだかは、なんとなく握れること(リハビリに良さそう)、
屋久杉の香りが強かったこと、
なによりも形が音符ぽくって、楽しげで彼女みたいだって思ったからだった。

d0146314_23111225.jpg
なのに磨いていくうちになんと魚がでてきたのだった。
なんて不思議。わたしのなにかとリンクしたのかな。
でもなんだかとってもうれしい。音符と魚。
待っててね。今送るからね。屋久島からパワーがちゃんと届きますように。


そんな屋久杉磨きは永田のカイホー屋のなーやさんのところでしました。
お庭で緑に囲まれゆったりと、そしてなーやさんの穏やかな空気感で、
とても素敵なお守りができてよかったと思います。

そして一緒に屋久杉磨きをしたのは、たまたま知り合ったななえさん。
はじめてその日に会うことになり、急な申し出だったのに一緒に屋久杉磨きをやってくれ、
そのなにより明るいパワーでわたしはすごく元気をもらったのだった。
話してみたら、なんと同じ大学の後輩!!だいぶ年が離れているけど、すごくうれしい繋がり。
会ってすぐに人を好きになることはなかなかないけど、
純粋につっぱしるななえさんを一瞬で好きになってしまうほど魅力のある女の子でした。
1日しか遊べなかったけど、今度愛知に帰ったら、しゅんくんとイッチと4人で遊ぼうね。

d0146314_23235820.jpg
一緒に写真を撮り忘れ、帰る直前に会って写真をパチリ。
ジャンプしとけばよかったな(笑)わたし、黒!!焼け過ぎだー。
[PR]
by niid-design | 2011-08-07 23:34 | おもうこと

hope

被災された方たちに、心よりお見舞い申し上げます。

震災以来、なにもする気になれず、しばらく動きが止まりました。
悲しみは自分の中の悲しみにリンクし、沈んで浮かびあがれません。

地震のあった日は仕事の打ち合わせで島の南へ行っていて、
地元の友人から「津波に気をつけて。高いところへ!」というメールをもらっても、
三陸でなにがおこっていたのかも知らず、
集落に戻ったときにちょうど津波が到達するとのことで、皆が海を見ていました。

そして夜になってはじめて、あの惨状を映像で、目で見て、
なんて恐ろしいことが起こってしまったのだろうと、、、

何度も涙を流して、そしてなにもできない自分がはがゆく、ただ状況を見つめるばかり。

でもどんなにつらくても苦しくても、人は前を向いて生きていかなくてならない。
たくさんの人がそのつらさをかかえ、いつかまた立ち上がり希望をもって生きている。

大切な人を亡くすことは本当に本当に悲しい。
それが病気でも事故でも災害でも。
わたしは18歳のときに大切な人を失った。あまりにも突然の死。
自分にとってはじめての死がとってもとっても大切な人だった。
なにが起きたのか、なにが現実でなにが夢なのか。
夢の中で幸せなときを過ごし、夢から起きるといないという現実。
どちらが本当なのか。寝ることもつらく、起きているのもつらい。
学校へも行けず、ふらふらと彷徨い、目からはもう涙もでなかった。
こんなに悲しいなら、苦しいなら、これから逃げる方法はないのだろうかと考えていた。

そんなときにわたしを救ったのは友人であり、家族であり、大切な人の家族や友人。
みんな同じ、それ以上の悲しみを抱えて、
それでもわたしを励まし、いたわって、温かに包んでくれる。
みんなみんなそうやって前を向いて進んでいく。
決してその悲しみは消えるわけではなく、
15年たった今も、毎日のように思い出すし、時々深い悲しみにつつまれ、
どうしようもなくなって慟哭する。

カラダの中からその感情がでてきたら、
今は無理にとめようとせず大きな声をあげて泣き続ける。
涙は流したいだけ流した方がいい。

そんなときにわたしを救うひとつの手。イッチがわたしの頬に触れ、ママと呼ぶ。
ああ、わたしは母になったのだなと。
この小さな手にどれだけ救われたことだろう。

わたしをいつも驚きのポジティブさでガッ!と引っ張り上げてくれるいたるさん。
暗くてマイナスばかり考えてしまうわたしを、
ビックリするくらいさっと救い上げてくれるときがある。

d0146314_232833100.jpg
わたしのhope。

あれだけの悲しみの中にいたのに、今は希望とともに生きている。
悲しみを忘れたわけではない。
でもどんな状況でも、どんなひどい過酷な境遇でも、
それに向き合って乗り越え、その先にある希望にたどりついて欲しい。
今は思えなくても、必ずいつか見つけられる日が絶対に来るとわたしは信じている。

そこにいない自分が悲しんで前に進めないなんて、きっとそれは間違っている。

今日ネットで見たニュースで妻子を失っても、
それでも被災地の人を励ます張り紙をした若い男性の一言が心に響く。
「くるしいけど負けないで!」そこにいる人の言葉は強い!そう決して負けないで!!
小さな小さな希望からでいい。被災地の方がその一筋の光を見つけてくれたらと思う。

遠い屋久島という地からは祈ることしかできないけど、
みんなが希望をみつけられるようにと毎日祈る。
そして自分は自分の精一杯を生きていきたい。
[PR]
by niid-design | 2011-03-19 23:41 | おもうこと

たくさんの出会い

d0146314_2295474.jpg
大荒れのいなか浜で叫ぶイチロ。

去年は本当にたくさんの出会いがありました。屋久島に移住してもうすぐ2年。

はじめは屋久島での生活やダイビングの仕事、その他いろいろと、
バタバタと過ごしていたら、あっという間に1年が過ぎていた。

その間はイチロとのスイートタイムで、ふたりだけで島をかけまわり遊んでいたのだ。

2年目になり、すこし余裕もでき、やっとのことで作ったフリーペーパー「Suisui」。
Suisuiを見てくださった方から突然の仕事のラブコール!とってもうれしかった。
いつか会いたいなと思っていた人からも仕事の依頼を頂いた。
その仕事を見て、新たな仕事が舞いこんできたりと、、、

本当に多くの素敵な出会いもあり、いっきに自分の輪がちょっとだけ広がった。

けっこう内に内に過ごすことに慣れてしまって、
最近なんだか話すことがすごく下手になってしまったなと気づく。

最近になって、この人本当に素敵だ!って思える人と話ができたり、
会いたいなと思っていた方にも偶然会えたり。
この前も思ったのだけど、屋久島は不思議とそうゆう出会いや繋がりが必然と起こる。

Suisui2号発刊に向け、たくさんの方の温かいご協力やご支援、
ほんとうにほんとうにうれしいことだなーと再確認。
みんなに喜んでもらえるフリーペーパーを作りたい!!と新たに思いました。

明日から1ヶ月ほど実家に帰省。その間にさらに感覚をとぎすまして来ねば!!
それではみなさん、今年もよろしくお願いします。

※写真はぜんぜん関係ないですが、、、最近のイッチのはやり、こまねこの真似で「ニャー」です。
[PR]
by niid-design | 2011-01-05 22:29 | おもうこと

うれしい再会

d0146314_093321.jpg
やーちーとユウキさんのお土産(すべてわたし好み、、、小鳩、これとっても好きなの)

久しぶりに友人と会える。
メールで連絡をもらってからずっとどきどきしてた。

屋久島へ移住する前にふたりの大切な友人がわたしを見送ってくれた。
素敵なお手紙をもらって、横浜を3人でデートした。
今回ユウキさんは来れなかったけど、やーちーに会えることがうれしい。

そんなこんなであっという間にやーちーが屋久島へ来る日に。
ところがわたしときたら、雨の中イッチと海で遊んで家に帰るとその後高熱。
久しぶりの39度。体中が痛く、撃沈、、、

お迎えに行って遊ぶはずが、わたしは布団の中でもぞもぞ、、、
最終日なんとか体調も回復し、今日1日遊んで空港でお見送り。

志戸子にやーちーとやーちーの友人
(北海道からきた彼女はお昼の便で先に帰ることに)が来てくれた。
志戸子のタイドプールで一緒に遊び、うちでくつろいで、お昼に飛魚のからあげを食べ、
よっこちゃんを空港でお見送り。

その後、やーちーと千尋の滝へ。大川の滝ほどではないけどすごい水量!
いつもは遠ぉーく感じる滝も今日は近い。今日はところどころで天然の滝ができていた。

散歩亭でのんびりティータイム。久しぶりにゆっくり話せて、心が楽になる。
最近は落ち込むことも多かったけど、なんか今日1日で心がずっと軽くなった!
車の中でもいろいろな話をいっぱいして、1日があっという間。

空港で最後のお別れ。ギューってハグ、そしてまたギュー。
「これはユウキさんにわたしの分もハグしてきてね!って言われたから(笑)」と。
その瞬間、なんか涙がこみ上げてきたけどぐっと我慢。
悲しい別れはあんまり好きじゃない。
その間にイッチが外に逃亡。さらっと「またね!気とつけて!」と言って走って別れる。

ちょうど小雨が振り出し、空港に大きな大きな虹がかかった。
すごくキラキラして、気持ちが晴れ渡る。
会えてよかった。素敵な友達がいてよかった!!やーちー、ありがとう。
ユウキさんも心のこもったお土産と気持ち、ちゃんと受け取ったよ。
今度は一緒に遊びに来てね!!
[PR]
by niid-design | 2010-06-27 00:31 | おもうこと

世界一きれいな夕陽

d0146314_2137892.jpg
沈みゆく太陽の中おどるイチロとわたし



週間天気予報は明日からずっと雨マーク、、、ついに梅雨入りかぁ。
そんなことを思っていたら海から戻ったいたるさんに「永田に夕陽を見にいくぞ!」といわれた。

d0146314_21395070.jpg
夕暮れの浜をはだかでかけまわるイッチ。
なんて楽しそう!浜のくぼみにできた天然のプールに飛び込んではキャッキャ。

時々溺れかけてたけど、もうイッチは泣かないよ。強くなったね。

d0146314_21435570.jpg
もう日がかなり長くなった屋久島は4時半というのにこの明るさ。
そして照りつける陽射しと白い砂の反射でイッチもママもまっ黒です。

どこからか子犬がやってきてわたしの隣でくつろいでいた。


だんだんと沈んでいく太陽。ゆっくりと空の色が変わっていく。
浜に寝転がってみる。あー幸せだなー。
最近大変なことばかり起きていてちょっとへこんでいたのもどこへやら。
自然の美しさの前ではちっぼけな悩みのようです。
今、ここに家族3人でいることの幸せのほうが大きいね。

イッチと喜びの踊り。ジャンプ。フラダンス。ヨガの呼吸。
こんなきれいな風景の中、なんでもやってみるのが楽しい。
今日の夕陽は世界一の夕陽だね!!

《番外編》
d0146314_21531845.jpgd0146314_21533576.jpg
いつの間にやら覚えたあっかんべー。でもそんなイッチでもかわいい、、、
ママの帽子を奪ってかぶる。最近は帽子や髪留めがお気に入り。女の子みたい!
[PR]
by niid-design | 2010-06-11 22:00 | おもうこと

いい1年でした、、

なんだかんだと今年もせわしなく終わっていく。
あー、今年は大忙しだったな。

一路と車で屋久島までの二人旅。
ショップを立ち上げて、バタバタと過ごした夏。
近所のおっちゃんたちとも仲良くなり、一路は自然がますます好きになり、
日々とても充実していたと思う。(生活は、、、ま、初年度だしね!!)

d0146314_21335012.jpg
ママと一路が大好きなガジュマルトンネル

どんなに寒くても一路は外が好き。
歩くことも大好きなので、散歩はけっこうたくさん歩く。
最後にはわたしが寒くてなんとか家に連れ戻そうと「家帰ったらパンパ-ン(パンだべるよ)!」
とか言って無理やりお散歩終了。

d0146314_21355856.jpg
木の実とか石ころとか葉っぱとか花が大好き

屋久島に来て1番幸せと感じるのは、
ふと見上げた空や霞がかった山々、海の青さがすごくすごくきれいなこと。
「あー、きれいだー、、、」って思って、心がすーっとほどけるのがわかる。

大自然でもなんでもない、そんな風景だけど、そこがまた素敵な島なのだ。

ちょっと前にふたご座流星群がきたとき、一路を寝かしつけていたるさんと寒空の中、
堤防沿いの道路に寝転がって星空を見た。
澄み切った冷たい空にはプラネタリウムでしかみれないような満天の星空。
こんな星空はきっと屋久島に来なかったら見れなかっただろうな。
10分で15コくらいの流れ星を見た。感動的だった。

屋久島への移住は不安もたくさんあったけど、今振り返ると素敵な人々に出会い助けられ、
仕事も順調に進みだし、まだまだやるべきことはたくさんあるけど、いい1年だったなーと思う。
(2009年悪魔のお告げの横河渓谷での流血事件を除けば、、、)

一路はといえば、数日前から高熱が続き、今日になって体中に発疹がでた。
インフルエンザでなくてよかったけど、超ごきげんナナメな年越しをおくることになりそうだ。

さー、来年はもっとお店を頑張るぞ!!いたるさん、来年もよろしくお願いします。
[PR]
by niid-design | 2009-12-31 21:48 | おもうこと

皆既日食の神秘

連日の快晴からは想像もつかないほどの雲に覆われた屋久島。
今日は皆既日食だ。

屋久島には連日日食に向けて旅人が集まってくる。
異国のような日常だった。
かわった女の子と一湊海水浴場で知り合う。みんちゃん。
600円しかなかったわたしに拾った100円をくれて、700円のキーマカレーを食べた。
その後握手をして別れる。また会えるかな。

ヒッチハイクをする外国人をよく見かけた。
乗せてあげたかったけど、3人だ。イチロがいると2人しか乗らないんだ。

そんな感じでだんだん日食に向けてわたしも心が高ぶる。

ところが朝、雨の音で目が覚めた。
わーすごい雲、雲、雲、、、、、

部分日食がはじまって庭にでてみると3回ほどだけ太陽がちらりと見えた。
なんとなく上が欠けてるような、、、

皆既日食20分前に堤防まで3人で向った。
外は大雨。嵐のような風と雨、、、な、なんで、、、、
志戸子の集落を見渡すと向こうの山に雨のスジが見える。きれいだな。
なんか不思議な光景だった。

d0146314_1285934.jpg
志戸子の集落が見渡せる堤防

雨はやんだものの重い暗い雲がどんどんせまってきて、
これは皆既日食がはじまって暗いのか、ただ雨雲でくらいのかわからない、、、

なんて思ってたら、あきらかに薄暗くなり、あたりは不思議な空間に一瞬にして変わった。

d0146314_1313498.jpg
辺りは薄暗い闇に包まれる

本当にあっという間だった。あたりはザワついて、海のほうを見ると遠くが薄赤い夕焼けのよう。
たぶん5分もたたないうちに明るくなってきた。

d0146314_134149.jpg
イチロはその不思議な空気を感じていただろうか、、、

結局一度も太陽は見ることなく皆既日食は終わってしまった。
でもあのザワザワ感は一生感じることないなんともいえない神秘的な時間だった。
そして3人一緒にその時間を過ごせたことがなんだか幸せ。

皆既日食が終わり、歩いて家まで戻るとさっきの嵐はどこへやら。
風はおさまり、雲も薄くなっていく。

屋久島では永田と平内で見れたと聞いた。そう聞くとちょっとくやしい気もしたけど、でも十分だね。

次は26年後に東北で見られるらしい。
26年後といったら、イチロはいたるさんと同じ27歳。
イチロ、今度はパパとママを連れて行ってね。
[PR]
by niid-design | 2009-07-23 01:45 | おもうこと

素敵なひとびと

昨日、屋久島の南部でカフェをやっていたクミさんという方が
今度は永田でうどんをメインにしたカフェを開くことになったということで、
友人から試食会のお誘いがきた。

永田はウミガメが産卵にくる、青く広い海が続く。

夕方お宅に到着すると、すでにまったりした空気が流れ、
アウトローな方々がくつろいでいた。
ほとんどのひとたちが移住者で、みな屋久島が大好きで来た人たちだ。
話をしていても、それがすごくよくわかる。

北部で農家と薪拾いで暮らす同じ年のかずくん。移住して5年だそうだ。
引っ越してきて2日目に知り合ったけいちゃんはもと漁師で、
今は自分で燻製を作り、ショップをたちあげるところ。
とっても物腰のやわらかなひとで、話をしているとこっちまでゆったりした気持ちになれる。
けいちゃんはいたるさんと同じくやっぱり海外を放浪して、
屋久島に立ち寄ったまま、居ついてしまったらしい。
世界ではおもしろい人にたくさん出会うけど、屋久島ではそんなおもしろい人がたくさんいるからだそうだ。


d0146314_19495569.jpg
そうこうしてるうちに夕日が海に沈み、黄金の道ができる。
一路に屋久島に来てはじめて夕日を見せることができた。すごくきれいだ。
お庭からこの風景を毎日見れるなんて、なんて幸せな一家だろう。

庭にはたくさんの人が集まり、メインの試食会がスタート。
うどんはサバ節とあげが入った素朴でやさしい味のうどんだった。おいしい。
いっちもたくさん食べていた。

d0146314_2032566.jpg
だんだん日も暮れはじめた頃、ひとりのあやしげなおっさんが語りかけるように唄いだした。
ひょうたんでつくった楽器(サンシンみたいな感じ)で唄われた「明るいきざし」。
歌詞がいい。ひょうひょうとした時間が流れていく。
熊谷もんさんは宮城県出身で原発に反対して日本を歩いてまわったと言っていた。

完全に日も暮れた頃、もう一人女のひとが歌いはじめた。
ココロに響く歌声とメロディーにとても感動する。すごく素敵なのだ。
つい一緒に歌いたくなるような、カラダが勝手に踊りだすようなそんな歌。
いっちをオンブして、ゆらゆらとずっと踊っていた。

彼女の名前はHOUさん。宮崎出身で各地をまわって歌をうたっている。
最近、こんなに歌に感動したことがなかったわたしはすぐに彼女のもとへ。
歌にもまさるくらい自然体で素敵なひとだった。
CDを送ってもらうことにした。いつになるかわからないけど送るねーと笑顔で言ってた。

クミさんのお店「ohana cafe」は永田いなか浜のちょっとさきにできる予定。
きっとまったりとしてくつろげるカフェになると思う。わたしもまた行ってみよう。

昨日は本当に素敵なひとびとにたくさん出会うことができた。
わたしもなにかしたい!!と日々思っているけど、いつかカタチにしたなぁ。
[PR]
by niid-design | 2009-06-08 20:18 | おもうこと